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谷村新司が亡くなった。そのとき松山千春は何を語ったか。
更 新:2023-12-23
テーマ:音楽、ミュージシャン
松山千春が。亡くなった谷村新司についてのコメント「嫌いなヤツが死んだら困る」とはどういうことか。松山千春は、不仲だった谷村新司に対し、どんな思いを語ったのか。
<目次>
❶松山千春がコンサートで語ったこと。
❷松山千春はなぜ谷村新司を嫌いになったのか。
❸「嫌いなヤツに死なれたら困る」とはどういう意味か。
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❶松山千春がコンサートで語ったこと。
10月8日に、谷村新司が亡くなった。74歳というちょっと早い死だった。その一報を聞いた松山千春は、仙台でのコンサート会場で次のように語ったという。
「谷村が死んだ。亡くなった。谷村とは仲が悪かった。谷村、大嫌い。でも死んだら困る。嫌いな奴には死なれたら困る。嫌いなヤツは嫌いなまま、いてほしい。いい曲をたくさん作って旅立った。残した曲ヘ敬意を表する。追悼の思いは強いです。」
そう言ってから、谷村新司の代表曲「昴」を歌ったという。
❷松山千春は、なぜ谷村新司が嫌いになったのか。
う~ん、実にうまいことを言う。松山らしく実に正直でストレート。グッドコメントだ。松山千春の谷村嫌いは以前から有名で、コンサートでも公言していた。ではなぜ、誰からも好かれていそうなあの谷村を、松山は嫌いになったのか。
谷村新司は、松山の7歳年上の先輩シンガーだ。松山もデビュー当初は仲が良かったらしい。しかしすぐに不仲に。原因は、音楽に対する考え方の違いがいろいろあり、話をしていくうちにぶつかってしまったらしい。よくあることである。
一般論だが、音楽のみならず、
高度なプロの世界では、考え方が自分とまったく同じ人というのは、存在しない。
考えが近い人はいるかもしれないが、人間皆、一人ひとり顔が違うように、個性も考え方もプレースタイルもみな違う。100人いれば100通りだ。
また、
高度なプロになるほど、プライドが高く、個性も強烈だ。自分の考えには、頑固なまでのこだわりがある。それがプロというものだ。
一度ぶつかってしまえば、もう仲良くやっていくことは難しいのかもしれない。
❸「嫌いなヤツに死なれたら困る」とは、どういう意味か。
ところで、気になるのは
「嫌いなヤツに死なれたら困る」「嫌いなヤツは必要だ」という松山千春の発言だ。普通に考えたら、嫌いな人はいないほうがよいに決まってる。では、なぜこんな発言をしたのだろう。
人間は、身近な他者と自分を比較する生き物である。特に自分と違う個性や考え方の人が近くにいると、悩んだり、葛藤したり、ケンカしたりする。
人は他者を意識することで、逆に自分を強く意識せざるを得なくなる。
たとえば、外国に住む日本人が、日本にいたときよりも、自分が日本人であることをより強く意識するのと同じことだ。
人は他者との関係の中で、自分を意識し、自分を創っていく。
松山千春の音楽も、幾多ものライバルたちとの切磋琢磨の中から生まれたものである。中でも谷村は、先輩ながら強力なライバルでもあり、共に音楽シーンを牽引してきた同志でもあった。彼らなくして、今の松山千春があったかどうか。
松山が谷村新司やさだまさしを大嫌いだと公言するのは、彼らの存在が大きかったことをを認めていた証拠でもある。
その谷村が、亡くなった。偉大な、そして大嫌いなヤツを失った松山の喪失感が、いかなるものであったのか。松山は松山らしく、ストレートに、正直に、その思いを語ったということなのだろう。(了)
次回以降の掲載予定!
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